エビ、カボチャ、ナス......キャンバスに立体感のある天ぷらの絵を描き、その絵に食用の「衣」をつけ、キャンバスごと油で揚げてしまう。「フライド絵画(fried painting)」と名付けられたそんな作品を手掛ける永戸大喜さんは、24歳の若きアーティスト。
なぜ絵を料理しようと思った?なぜ天ぷらなの?フライド絵画に目覚めたきっかけは?一見美味しそうな永戸さんのアートの奥には、芸術に対する壮大な思いが隠されていた。
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油絵を油で揚げたらどうなるんだろう?
――永戸さんのプロフィールから教えてください。
永戸 2021年度に多摩美術大学の絵画学科油画専攻を卒業して、それ以降、サラリーマンのかたわらで制作活動を続けています。
――絵を揚げてしまう「フライド絵画」はいつから始めたんですか?
永戸 大学在学中、たしか3年生の時ですね。もともと絵が好きで多摩美に入ったんですが、いざ入ってみたら「意外と絵を描くのってつまんないな」ってなっちゃったんです。描くこと自体は楽しいけど、展示したり人に見てもらったりしなきゃいけない。そのためにいろいろなことをする必要があって、何をやってるのか分からなくなってしまったんです。
美術って、例えば宗教画だったり理解しがたい抽象絵画だったり、時代によっていろんな側面があると思うんですけど、ただ描いただけだと社会的役割は何もない。「あ、必要とされる役割に応じて描かなきゃいけないんだ」ということが分かって、美術に対してのやる気を失っちゃったんですね(笑)。
――おお。それで、どうするんですか?
永戸 酒を呑んで麻雀打って、みたいな生活を送っていました(笑)。でも課題の提出日が近付いてて、そんな時に、「もう何でもいっか」「美術の役割にとらわれて作れなくなっちゃったんだから、何も考えずに思い付きのものを作ってみよう」って思ったんです。
たまたまその時食ってたメシがエビフライで(笑)。それで「油絵を油で揚げたらどうなるんだろう?」って思い付いたんです。
――その発想がすごい(笑)。スランプの時にシリアスな気持ちになったり、先生や友人に相談したりはしました?
永戸 大学はすごい放任主義だったし、自分でもそんなに緊迫して考えてなかったので全然でした。だって美術に対して真摯に向き合っても、就職には繋がらないんですもん(笑)。自分がこれまで、その場の享楽だけで生きてきたことも影響が強いかもしれません。
――それで、思い付くまま油絵を油で揚げてみた、と。
永戸 はい、もう興味本位で(笑)。そしたら意外といい感じに揚がったんですよね。最初は天ぷらじゃなくてエビフライの絵だったんですけど、衣がサクサクしててまずビジュアル的に良かったんです。
油絵自体には全然手間をかけてなくて、絵の具を盛って立体感を出すようにしているだけ。そこに衣を付けて、熱した食用油にキャンバスごと突っ込んで揚げるだけです。でも、そうすることで普通の油絵では表現できないリアリティーが出るんです。そして絵の密度が上がりました。
――絵の密度?
永戸 衣が付いていないと絵そのものの情報量も少ないし、ただの簡素な絵に見えるんですけど、衣を付けて揚げた途端、視覚的な情報量が増える。結果として、見る人を飽きさせない絵になると思います。
――なるほど。絵を描くことがつまらなかったのは打破できました?
永戸 そうですね(笑)。それまでは「この絵にどういった意味合いを持たせよう」とか、「この絵に対して見た人は何を思うか」とか、そういうことを考えれば考えるほどいい作品になると思ってたんですけど、元のコンセプトだとか思想みたいなのは関係ないんだなって思えるようになりました。何かの思いやストレスを作品に昇華している人も多いんですけど、もともと自分にはそんなものは全くなかったし。
「揚げる」っていう行為自体が面白い
――そこからは手法が確立された?
永戸 いや、いくつか失敗作もありました。カップ麺の麺を絵に貼って揚げてみたり、卵を絵に定着させて焼いてみたり、ふたをして蒸してみたり......エビフライでうまくいったから他の食品や調理方法でもうまくいくかと思ったら、全然うまくいかなかったです(笑)。他にも、焼き芋の絵を描いて、本物のサツマイモの皮を貼り付ける、みたいな手法もやりました。でもそうなると食品サンプルでいいじゃんってなりますよね。
絵を調理する、という方向性は間違ってないと思ったんですが、最終的なビジュアルが綺麗じゃないというのもあるし、温める、焼く、蒸す、ゆでるといった調理方法はどこか地味で、絵には向いてなかったみたいです。
永戸 「揚げる」っていう行為自体が面白い、ということに気付いたんです。「揚げる」って、他の調理方法に比べて目の前でダイナミックに色や形が変わる。見ている周囲の反応もいいんです。
普段は全然料理しないんですけど、揚げ物をするのだけは好きなんです。実は亡くなった祖母と祖父が揚げ物屋さんをやっていて、その記憶も心の奥底で関係してるのかもしれないですね。
――揚げる行為自体もアートだとすると、ボクシングで絵を描く人や書道パフォーマンスに近いかもしれないですね。
永戸 そうですね。美術史的に見ても、ジャクソン・ポロック(キャンバスに絵の具をまき散らすように絵を描くアメリカの画家)とか白髪一雄(足で絵を描く日本人画家)がやっているアクション・ペインティングという絵画技法があって、フライド絵画もその延長にあたると思っています。ただ、フライド絵画をやり始めてから改めて美術を勉強し直して、その時にアクション・ペインティングのことも知ったので、誰かの影響を受けたというわけないんです。
それで言うと系統は違うけど、誰でも楽しめて、見ている人も作品の一部になるレアンドロ・エルリッヒ(アルゼンチンの現代美術家。金沢21世紀美術館のプールの作品で有名)の影響はあると思います。
――アンディ・ウォーホルのバナナは関係ないんですね(笑)。
永戸 はい。偶然です(笑)。
何も知らない人でも楽しめるアート
――先ほどのお話にもあった、「誰でも楽しめるアート」というのがフライド絵画のひとつのキーワードかと思いますが、永戸さんはイベントで、お客さんに実際に絵を揚げてもらうワークショップや、フライド絵画を販売する露店も開いていますよね。
永戸 そうですね。それも自分の根本にある、美術に興味ない人でも誰でも楽しんでもらえるようなことをしたい、っていう気持ちから取り組んでいることです。
天ぷらって、室町時代にポルトガルから伝わった舶来文化ですけど、油そのものが高価で当初は庶民が食べられない料理だったらしいんですね。それが江戸時代になって油の価格が下がり、天ぷらが庶民のものになっていく。それで天ぷらの屋台がたくさんできたらしいんです。その天ぷら屋台のイメージと、美術も天ぷらのように敷居を下げたい気持ちが重なって、イベントで露店も開いているんです。
それからフライド絵画のホームページ(https://friedpainting.com/)は料理のレシピサイトのように誰でも作品とレシピを投稿できるようになっていて、ポートフォリオみたいになっています。そのサイトそのものもひとつの作品であると捉えています。
――最初は作品作り以外のことが嫌になっちゃった人が、今は作品を広めること自体、楽しんでるように感じます。最初に話していた、芸術がもたらす役割は見付かりました?
永戸 結局、「アートがもたらす役割なんてものはいっぱいあるよ」っていうのが答えだと思います。ただ、なぜ自分がこういうことをやっているかというと、「アートの役割っていっぱいあるよね」っていうこと自体、きっと多くの方は知らないですよね。そういうことを知らない人でも、美術を楽しませることが自分の役割だなって思って。
何も知らない人でも楽しめる。美術に対する敷居の高さをなくしたり、美術そのものの裾野を広げたりできたらいいなって思っています。
――なるほど。今後揚げたいものはありますか?
永戸 天ぷらを始め、食品は一通り試したので、今は食べられないものを揚げたいんです。例えば、まだ見つかったことのないツチノコとか、揚げたら溶けちゃう雪だるまとか、絵でしかできない実現不可能なものをモチーフにした作品に取り掛かっています。
これ見てくださいよ。『トリコ』に出てくる「サンサングラミー」です。山奥の滝にいる、生き物が近付くと死んじゃう魚。天ぷらが絶品だっていうのをコミックスで読んで、挑戦してみたくなりました(笑)。
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■永戸大喜
芸術家。1998年生まれ。多摩美術大学絵画学科で油画を専攻し、2021年に同大学を卒業。油絵を油で揚げる「フライド絵画」を考案し、その普及に努めている。いま一番の悩みは、火を使って揚げ物をできるギャラリーがなかなかないこと。
https://friedpainting.com/
■第二回フライド絵画ワークショップ
日時:2023年11月18日(土)、19日(日)
場所:植物 -珈琲店-(東京都世田谷区経堂1-25-19 DOMC経堂ビル2F)
参加費:2500円(事前予約2000円)
https://friedpainting.com/workshop-2/
November 05, 2023 at 08:00AM
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